出版をめぐる冒険―利益を生みだす「仕掛け」と「しくみ」全解剖
出版不況問題の最たるルポ(下巻)
(2007-08-22)
この本は,上巻と同様,出版不況の問題についての最たる本だと思う。下巻も出版不況について様々な視点から検証しているが(捜査編2章,検死編4章),検死編では,捜査編をもとに更に取材をしてあるため,単行本時点での内容よりも密度が濃く,また範囲も広いものになっている。
下巻の内容で驚かされたのは,本が消費財へと変化していることと,自費出版ビジネスの台頭などにより,今までの出版のあり方が激変してしまったことである。この本も上巻と同様,出版不況の問題について考えさせられてしまう。
私は2002年12月のデビュー以来,このサイトで多くの本にレビューを書いてきたが,本の生死を分けるのは,最終的に著者,読者,そして私を含む多くのレビュアーだと思う。この本は,本の過去,現在,そして未来について考えさせてくれるので,ぜひ上巻,下巻と併せて多くの人に読んで欲しい。
書評、協力出版
(2005-11-24)
下巻は書評、電子出版と出版後しばらくたった後の追撃取材、補遺という構成。書評の章と協力出版の章は非常に喜劇的な構成がされていて笑えた。上巻の編集の章における「彼はコント作家」という編集者の評がある意味で的を射た物だと納得させられる文章だと思った。本題について釈然としないものが残るが、文章が面白いし、読ませるのでそれだけでも有意義だ。
熱い事件ルポルタージュ(下)
(2005-09-13)
この本は、「著者が産みだしたテキストが、編集者と出版社の手で加工され、取次を経て書店に並び、本という名の商品として読者に消費されるまでの全プロセス」を串刺し状に書き、「出版界全体の構造と、そこに襲う巨大なうねり」を伝えた「事件ルポルタージュ」である(「文庫版のためのあとがき」より)。
今、「本」は死にそうになっている。大型書店に行けば、産業ロックならぬ産業ベストセラーばかりが目立ち、零細書店は次々につぶれ、ブックオフにはコミックばかり並ぶ。どこかにいい本はあるのだろうが、その本と出合うきっかけが少なくなった。これを、筆者は、「文化状況」と片付けない。「いま、本を殺そうとしているのは誰なのか。出版社なのか編集者なのか取次なのか。それとも書店なのか図書館なのか書評家たちなのか。いや、ひょっとしたら私を含めた筆者たちかもしれないし、意外にも読者なのかもしれない(「あとがき」より)」。
ただ、「事件ルポルタージュ」というだけあって、推理や主観が勝ちすぎる箇所があり、この本だけで「本を殺そうとしている」犯人を特定するのは、危険だろう。
しかし、現場取材が徹底しており、その論旨には、説得力がある。また、断定的ともいえる推理には、一種の破壊力すら感じる。あたかも、第一級のミステリー小説を読むようだ。
下巻は、「捜査編(下)」として、書評、電子出版にスポットをあて、次いで「検死編」として、蔵書、読者、著者、書店、雑誌の死をルポし、最終章に、「本の復活を感じさせる小さな予兆」を置く。
そして、「やはり『本』は死なない。『本』の死骸には、いつも未来を予感させる再生の胎動がうごめいている(P428)」と結ぶが、「捜査編」における徹底した取材と比べると、そこだけ妙に論拠が薄い。やはり、『本』は既に死んだのだろうと思う。なお、基準時は、捜査編は、2000年12月末、検視編は、2004年3月だ。
暗い予兆
(2004-10-22)
今年になっての最新情報も載せた「本コロ」の完全版である。最終章には「本の復活を感じさせる小さな予兆」という題も付けられている。しかし私の感じたのは、前巻とはうって変わって、本の将来に対する「暗い予兆」である。なぜそう感じたのか。この巻には、書評や電子出版、自費出版、コミック、雑誌、最新の書店や出版会の動向など一通りの「状況」については述べられてはいる。しかし、そこで必死に頑張っている「人々」の動向はほとんど無かったからだろうと思う。私は流通業界の端に身を置くものとして、どうしようもない消費不況は確かにあるが、結局それを打ち破る最大のカギは「マンパワー」である事を日々実感している。私には、まだまだ取材すべき事が残っているように思えた。
本とは?
(2004-09-18)
この本を読んでの感想ですが、これだけ雑多な情報が溢れる今日、本というものの存在意義が薄れているのでは、と思わざるを得ないものがあります。これは検死編で明らかにされているように、読者や著者、書店といったすべてのもののレベルの低下は間違いのないものであるからです。極論ですが、要は本にするほどの物もなければ、本を読めるほどの人間もいなくなってきつつあるということだろうということです。この下巻の最後に『「本」の復活を感じさせる小さな予兆』といった章がありますが、この小さな予兆は下降していく途中の小さな踊り場にすぎないと思います。