一見風変わりに思える書名だが、読み進んでいけばおのずから納得がいく。選び抜かれた21作品を通じて、人間に対する洞察力を磨こうという趣旨なのだ。
目次を眺めるだけでも、その選択がきわめて個性的であることに気づく。O・ヘンリーの『賢者の贈りもの』や、『かもめのジョナサン』が入っているくらいでは驚かないが、小松成美によるイチローのインタビュー、藤子不二雄Aの『まんが道』や福山庸治の「斜塔」といったコミック作品など、通常のアンソロジーではまずお目にかかれない作品が目にとまる。また、『次郎物語』の下村湖人が孔子とその弟子を描いた『自らを限る者』、宮沢賢治の『毒もみの好きな署長さん』、ジョージ・オーウェルの『象を撃つ』など、ふだん接する機会の少ない作もたっぷりと収録されている。
選定基準は、著者に「人間の奥深さ」を教えた作品であること。これらが「友情」「孤独」「アイデンティティ」など7つのテーマに分類され、それぞれ異なった感性と切り口で人生の諸相を照らし出してくれる。
当然といえば当然だが、すべての作品が人間のプラス面を見つめているわけではない。同級生へのいじめに関係してしまった過去を語る青年、客に対して常軌を逸したもてなしを続ける上流夫人の物語など、人間の暗部や過剰な面を見つめた作品も少なくない。だが、著者は決してそうした部分を否定せず、ときに理解し、場合によっては並はずれた生のスタイルに賛意さえ示す。すべてをひっくるめてこその「人間劇場」というわけだろう。
書物から人間が学べるのか、という反論もあるかもしれない。だが、すぐれた作品はときとして現実以上の真実をたたえている。「読書は、それ自体が体験」という著者の言葉をあげれば、それ以上付け加えることはないだろう。(大滝浩太郎)
この本からの枝葉
(2008-02-11)
21種類の、マンガを含む「名文」の抜粋に解説がついています。
ここに収録されている「中原中也の思い出」を読んで、
小林秀雄に興味を持ち、作品を何冊か読みました。
タイトルは重めですが、読書のガイドブックとして使うのに適しています。
この本自体がどうというよりも、この解説を足がかりに
それぞれの作家と作品に興味を持ち、
自ら選んでその作品を読んでほしい、というねらいがあるように思います。
人間学のテキストですが…。
(2005-12-11)
本書は「あとがき(p.282)」にあるように、「人間学のテキスト」として作られています。特定の倫理規範がある道徳のテキストよりはかなり自由ですが、「道徳の教科書」という例えが比較的、本書を的確に表していると思います。ただし、本書が人間学のテキストであることは、あとがきを読むまで分かりません。なるほど、「まえがき」で引用されているシェイクスピアの「人は役者、世界は舞台」とは頷けますが、不親切と言えなくもないつくりです。
ただし、劇場として見ても楽しめる本ですので、『人間劇場』というタイトルに偽りはありません。本書は、古典や最近の文学作品、マンガから齋藤氏が人間の奥深さを教えてもらったと評する作品を集め、コメントを付記した内容です。つまりは、齋藤氏がどういった作品にどう影響を受けてきたか、をざっくばらんに示しています。
私も同じ作品から影響を受けてきたこともあり、挙げられた21編の作品中、3分の2は齋藤氏に共感しました。言い方が難しいのですが、齋藤氏のコメントから感銘を受けたというよりも、引用された作品に対して、これらの作品は非常に感動するという点で賛成するという印象です。ですから、読後、私が知らなかったいくつかの印象的な作品を教えて頂いたことに感謝したいという思いが強くあります。
しかし、人間学のテキストとして見るならば、『得をする生き方 損をする生き方 幸田露伴の『修省論』を読む』(渡部昇一、三笠書房)や『「武士道」解題 ノーブレス・オブリージュとは』(李登輝、小学館)といった古典の現代語訳とも目指すところが違うようです。人間学では谷沢永一氏に一日の長があるようにも思われますが、それは齋藤氏の目指す方向性によるものです。何とも評価しがたい本です。
市民の出会いの場から生まれた贈り物
(2002-06-08)
私は、本書のあとがきにある「世田谷市民大学・人間ゼミ」で1998年5月から2000年3月まで著者と共に仕事をさせていただいた。かけがえのない個人の生の<スタイル間コミュニケーション>の実践を目指す著者の、まさに今誕生しようとしている、あるいは熟成しようとしているコンセプトの数々が、市民との多様な出会いの直中で渦を巻いていた。この本には、そんな出会いの場から生まれた力が息づいている。